インダストリー・ソリューションズ - レジリエンス・エンジニアリング


レジリエンス・エンジニアリング


研究の背景

近年世界中で自然災害による被害が大きくなってきています。図1と図2に示したのは、自然災害で影響を受けた人数と自然災害による経済的損害額です。日本においては、2011年3月11日の東日本大震災による大きな被害が記憶に新しいところだと思います。この震災で、東北地方の重要な工場の部品の生産が止まり日本だけでなく世界的な車メーカーのサプライチェーンに影響が出ました。一方、発展途上国においては、人口増加のかなりの部分が大都市へ集中しており、インフラの整備が追いつかず、自然災害による人的な影響が増大しています。このように世界経済の連結化と都市化が自然災害による被害を増大させているのです。

図1 自然災害で影響を受けた人数 (出典:http://www.emdat.be/natural-disasters-trends EM-DAT: The OFDA/CRED International Disaster Database - www.emdat.net - Universite catholique de Louvain - Brussels - Belgium)

図2 自然災害による経済的損害額 (出典:http://www.emdat.be/natural-disasters-trends EM-DAT: The OFDA/CRED International Disaster Database - www.emdat.net - Universite catholique de Louvain - Brussels - Belgium)

気候変動 (Climate Change) が引き金を引いているとは言え、被害を大きくしているのは、近年の人間の活動にあるということを理解することが重要です。我々としては情報技術 (IT) を駆使して、少しでも自然災害によりもたらされる被害を軽減できる災害に対してレジリエントな社会を作っていく必要があると考えています。



レジリエンスとは

ところで、レジリエンスとは何でしょうか?レジリエンスとは、日本語にすると「しなやかさ」「回復力」などと訳されることが多いようですが、中々一語で上手い言葉が見つかりません。意味的には「速やかに元の状態に回復する能力・性質」を表します。特定の技術要素を表す言葉でもないので、情報技術の観点からは様々な解釈が成り立ちます。

国連のISDR (International Strategy for Disaster Reduction) のレポート[1]には、以下のような式が載っています。これの意味するところは、災害のリスクは、ハザード (台風、地震など) とハザードへの遭遇の可能性 (Exposure) とハザードへの脆弱性 (Vulnerability) により決定され、レジリエンスとは、その災害のリスクを低減するものであるということです。この定義をより広く解釈すると、レジリエンスとは、災害だけでなく一般的に(ビジネス)リスクを低減するために備えるべき性質や特質と考えることができると思います。

では、このようなレジリエンスとして備えるべき特質とは何でしょうか。レジリエントな社会を構築するには、特定の技術だけで実現はできませんので、以下のようなことを考える必要があります。

  • レジリエントな社会では、進展する事態への対応と迅速な復旧のため、柔軟なプロセス/手続きとツールを用いた十分な備えが必要である
  • 政府、企業、コミュニティ間の相互調整と、データとICTインフラの有効活用が必須用件となる
  • ICTインフラは、時々刻々と変化する環境情報をリアルタイムでモニターし、人間が状況に応じた判断をすばやく行うことを支援するシステムである必要がある
  • このようなシステムは災害時にも通常時にも役に立つシステムである特性を備える必要がある

最後のポイントが実用性の観点からは非常に重要です。災害時専用のシステムは、いざ使おうと思った時に使えないということが多いようです。これは、非常時にしか使わないので普段の訓練が不足し、いざというときに十分活用できなかったり、災害専用システムのため維持・更新のための投資が年を経るにつれて十分でなくなりシステムが劣化・陳腐化したり、などの要因が考えられます。

このような問題を回避するのに一番良いのは、通常時にも使っているシステムが、非常時(災害時)にも使えるということです。上で指摘した訓練や投資の継続性の問題を上手く解決できるわけです。レジリエンスを考えたときに、非常時だけを考えるのではなく通常時も考えに入れるというのは、レジリエンスの意味である「速やかに元の状態に回復する能力・性質」という観点からもきわめて妥当であると言えるでしょう。

ITシステムの観点でもう一つ重要なのが3番目のポイントです。これは、IBMのSmarter Planet戦略で言っていることとほぼ同じであり、特に環境・文脈に応じた人間の意思決定を支援する技術が重要となります。

このような観点からレジリエンスをもたらす技術に関する研究を行っており、その幾つかを以下にご紹介いたします。



レジリエントな交通シミュレーション・システム

上記のような通常時にも非常時にも使えるシステムとして交通シミュレーション・システム (IBM Mega-Traffic Simulator or Megaffic) の研究を行っています。我々の交通シミュレーションは、エージェントベースのシステムです。エージェントとは、簡単に言えば、コンピューターの仮想空間中で動き回ることができる実体のことで、交通シミュレーションの場合、一つ一つの車をエージェントとしてコンピューター上の道路空間上で動かします。

エージェントを使う利点はまさにレジリエンスを実現できる点にあります。すなわち緊急時の状態を仮想空間上に再現することで、その状況でのシミュレーションが可能となります。過去の大量のデータから統計的に予想するシステムでは、このような緊急時には対応ができません。エージェントベースのシステムだと、通常時にも緊急時にも使えることになります。もう一つの利点は、様々なアクション (たとえば、渋滞緩和のオプション) のシミュレーションを行うことで、アクション間の比較をすることで、意思決定を支援することができる点です。

図3に示したのは、リオデジャネイロ市における洪水による渋滞への道路閉鎖シナリオのMegafficのシミュレーションの結果です。これは、洪水による渋滞への対策として、いくつかの道路を閉鎖する効果をシミュレーションしています(図中水色の部分は洪水が起きているエリアです)。 どの道路を閉鎖すべきかについては、様々な可能性がある (図3中の進入禁止マーク) ので、取りうる複数のオプション(道路の閉鎖パターン)のシミュレーションを実施し (図3中の下の3つの画面)、何もしない場合 (図7中の右上の画面) と比較することで、一番良いオプションを選択することができます。

The colored streets in the video are based upon OpenStreetMap data (©OpenStreetMap contributors) and licensed under CC-BY-SA 2.0 http://creativecommons.org/licenses/by-sa/2.0/legalcode

図3 Megafficによる洪水による渋滞への道路閉鎖シナリオのシミュレーション (リオデジャネイロ市)

このエージェント交通シミュレーション・システムは、通常時には以下のような交通プランニングに使えると同時に

  • 渋滞解消のためどこの道路を通行止めにするか
  • 新しいバイパスをどこに作るべきか
  • 新しい道路課金をするにはどこに料金所を作るべきか
  • パーク&ライドを推進するには駐車場をどこにどのくらい作るべきか
  • ・・・

緊急時・災害時の対策にも利用可能です。災害時への対応として、たとえば、オーストラリアのIBMメルボルン基礎研究所では、このMegafficを用いて、大規模な森林火災において火災で通行できない道路がある場合の避難に必要な時間を見積もるのに活用しています。



防災・減災のためのアーカイブと情報分析

近年ソーシャルネットワークサービスが急速に広まっていますが、これらは東日本大震災後にも大変貴重な情報源となったのは記憶に新しいところだと思います(もちろん、デマや風評被害というマイナスの面もありますが)。このようなソーシャルなメッセージングのインフラは、通常時にも非常時にも使えるという点で有効な技術要素となります。

たとえば、東京基礎研究所のテキストマイニングチームは、東日本大震災直後からtwitterのメッセージの分析を開始し、震災直後の数週間における不足物資の分析を行いました。具体的には、IBM Content Analytics (ICA) を用いて「~~が買えない」「~~が売り切れ」などのパターンにマッチする名詞句を取り出すことで、時系列でメッセージ数をグラフ化しました。図4にICAの分析画面を示します。

図4 IBM Content Analyticsによる東日本大震災後の不足物資の分析

このような分析により、大規模災害後の不足物資あるいは購買需要のパターンが分かり、今後の災害時への備えに有効に活用できます。

また、災害時に、情報 (デマを含む) がどのように拡散していくのかを分析することも重要となります。我々は、ソーシャルネットワーク上のユーザーのインタラクションに沿って、時系列的にどのように情報が伝播していくかの可視化などを通して、情報拡散の分析なども行っています。

このようなソーシャルネットワークの情報だけでなく、写真や動画など震災時の情報をきちんと集積し、整理し、防災・減災の研究に活用していくことも重要です。これは、東日本大震災復興構想会議の提言[2]の中の復興構想7原則の最初の項目として謳われています。東北大学では、震災後いち早く「みちのく震録伝」[3]というプロジェクトを開始しています。これは、東日本大震災のあらゆる情報をアーカイブし、後世に伝え、防災・減災研究に活用することを目的としており、日本IBMもプロジェクト開始時点から主要なメンバーとして参画しています。



参考文献

[1] How To Make Cities More Resilient - A Handbook For Local Government Leaders, UNISDR, March 2012
[2] 復興への提言~悲惨の中の希望~、東日本大震災復興構想会議 平成23年6月25日
[3] みちのく震録伝